いつの時代も、どのような場所においても、流行と伝統とはその対比においてのみ認識され同時に分類される。時間の関数によって語られるものは流行と呼ばれ、それに対して定数的な不変の要素を持ちえたものが伝統的であると呼ばれる。移ろいゆくものと定式化されたもの、その狭間で文化が成立する。そして私たちは、そこで形成された≪様式≫を通して文化を経験するのである。
“Zhostovo−ジョストボ”と呼ばれる18世紀末のロシア圏で派生した絵画の≪様式≫がある。その成り立ちについては本誌15Pの解説をお読みいただきたいが、ここで触れるべき点はその技術的な高さと、様式の美であろう。
幾重にも、―それは深く、重く、時代を刻んだ時間の如くに―塗り重ねられた色彩、私たちは一度目を閉じざるを得ないほどの圧倒的な威圧感を感じるのである。が、しかし、その直後に色彩の氾濫を経験する。歴史と呼ばれる大地に咲き乱れる花々、大地を覆い尽くす天空を舞う鳥達、それらは極寒の地でのみ開華可能な“夢”であり、“憧れ”でもある。そして同時に、現在への帰還でもある。
本誌に掲載された作品は、誰もが知るロシアの著名なジョストボ作家、Slava Letkov(スラヴァ・レトコフ)氏のオリジナルであり、そのデザインに基いて東京都在住のジョストボグレードマスター・渡辺洋子氏が制作したものである。
今、私たちは、そのデザインを通して遠いロシアの大地へと思いを馳せる努力をすべきである。“様式の美”とは、想像の端緒であるにすぎないのだから。
漆黒の闇から徐々に湧き溢れ、次第に視覚全体を圧倒的な迫力をもって支配するジョストボ。渡辺氏の作品を通して、色彩はもとより、ジョストボ特有のその空間構成の妙を是非お楽しみいただきたいと思うのである。
また、渡辺洋子氏に制作のインスピレーションを与えられた、偉大なジョストボ作家、Slava Letkov氏に心からの敬意を捧げたい。
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